システマティック・イノベーション経営賞 (SIMA) 
Good Innovation

【REPORT】第1回「SIMA〈グッドイノベーション賞〉」受賞事例インタビュー「やさいバス(株式会社エムスクエア・ラボ)」

2026/08/01

経営者イノベーション委員会(以下EIC)の第1回「Systematic Innovation Management Award(以下SIMA)〈グッドイノベーション賞〉」(2026年2月3日授賞式)において、グランプリを授賞された「やさいバス(株式会社エムスクエア・ラボ)」の加藤百合子氏<株式会社エムスクエア・ラボ 代表取締役>へ、受賞事例インタビューをおこないました。
当日は「やさいバス」が運営する、やさいバス食堂(JR掛川駅前にある地元野菜を使った食事の提供、新鮮野菜の直売、コワーキングスペースの機能を合わせた複合施設)にておこなわれた様子を、レポートと映像にてお伝えいたします。
映像は、以下の青枠内のYouTube動画を再生してご覧ください。



物流の空白を「信頼」で繋ぐ ── やさいバスが提示する地域エコシステムの知の規律

日本経済の停滞の要因は、個々の技術力の欠如ではなく、価値創出を組織的に再現・スケールさせる「マネジメントシステム」の不在にあった。かつて日本が「品質管理(QC)」で世界を制したように、今求められているのは、不確実な未来を論理的に手なずける「イノベーション・マネジメント・システム(IMS)」の実装である。第1回「SIMA〈グッドイノベーション賞〉」は、製品の優秀さではなく、持続的に価値を生む「組織能力(ケイパビリティ)」を評価する世界初の試みである。その最高賞に輝いた「やさいバス(株式会社エムスクエア・ラボ)」は、農業という課題山積のフィールドにおいて、IMSを血肉化し、イノベーションを偶然の産物から「規律あるルーチン」へと昇華させた点において、極めて高い評価を得た。

加藤百合子氏が率いるこのプロジェクトは、単なる地方発のスタートアップの成功物語ではない。ロボット研究開発の知見を持つ加藤氏は、農業現場の分断 ── 生産者と消費者の距離が生む高コストな物流と心の離反 ── を、技術者としての冷徹な分析と「仕組み」の力で解決しようと試みた。そこにあるのは、製造業的な規律とスタートアップの気敏さを高度に融合させた、日本発のシステマティック・イノベーションの典型例である。

物流の空白を埋める「共有」の設計 ── 共同配送が生む新たな地域インフラ

やさいバスの本質は、物理的な車両の運行ではなく、野菜が停留所で「乗り降り」するように機能する共同配送の運営システムそのものにある。従来の農業物流は、近距離配送であっても翌日着となる非効率性や、小口配送における高額な運賃という致命的なボトルネックを抱えていた。加藤氏は、古くからある「ミルクラン(巡回集荷)」の概念を現代版にアップデートし、ITで最適化することで、この物流障壁を打破した。

このシステムの白眉は、莫大な投資を伴うセンター構築を回避し、地域の農家の軒先やスーパーの裏手など、既存の「遊び」や「隙間」を「バス停」として活用するアセットライトな設計にある。ガチガチに固められた都市型物流とは対照的な、地域のリソースを緩やかに繋ぎ合わせる分散型の発想こそが、低コストかつ高効率な物流を実現させた。単に野菜を運ぶという物理的行為を超え、生産者の顔が見え消費者の声が届く「信頼の循環」をITとリアルの仕組みで再編した点に、やさいバスの真の独創性が宿っている。

「エゴ」を排した真のエコシステム ── 多様なステークホルダーを束ねる調整技術

イノベーションの社会実装において、一社の努力には限界がある。やさいバスが卓越しているのは、産学官を巻き込んだ重層的な「エコシステム」を自律的に機能させている点である。多くの企業が「オープンイノベーション」を標榜しながら、他者が自社に依存・反発する「エゴシステム」に陥る中、加藤百合子氏は自分たちが主役であり続けるのではなく、行政、金融機関、物流会社、農家といった多様なプレイヤーの利害を、地域ごとに「合わせ込む」という困難なオーケストレーションに心血を注いできた。

エコシステム構築における最大の難所は、参加者が「誰かがやってくれる」という依存を捨て、自律的に動き出す「ティッピングポイント」をいかに迎えるかである。大企業主導のプロジェクトにありがちな、参加者の「甘え」によるクレーム産業化というリスクに対し、やさいバスは各プレイヤーの役割を「腹落ち」させるまで徹底的な対話を重ねた。約2年前から各地域のプレイヤーが安定し、システムが自律的に回転し始めた事実は、加藤百合子氏の役割が単なる指揮者ではなく、地域の中で誰が運営を担うべきかを見極め支援する「オーケストレーターとしてのオーケストレーター」であることを物語っている。

システマティックな思考プロセス ── 真因への到達と組織への実装

イノベーションを再現可能なものにするためには、組織全体に共通の「思考の型」を実装しなければならない。加藤百合子氏はスタッフに対し、日々の事象において「現象」と「課題の真因」を峻別することを徹底させている。例えば、売上の増減という事象に対し、それが一時的な旬の要因なのか、あるいは仕組みの改善によるものなのかを、「なぜ」を5回繰り返すことで深掘りする規律を課している。

この思考プロセスは、全社で実施される「改善ミーティング」という具体的なルーチンに落とし込まれている。週ごとに共有される「グッド&バット」において、悪い事象(バット)は決して単なる愚痴に終わらせず、必ず具体的な改善案をセットで提示し、誰がいつまでに実行するかをその場で決めるアスリート的なスピード感でPDCAを回す。この「失敗を置き去りにしない」姿勢が、組織全体の「企業家的な気敏さ(アントレプレナー・アラートネス)」を養い、環境変化に対して柔軟に自己変革を続ける原動力となっているのである。

世界を視野に入れたスケールアップと「言いふらす」経営哲学

やさいバスの展開は国内に留まらず、静岡と北海道を繋ぐ「空飛ぶやさいバス」や、インド(バラット)でのイチゴ栽培プロジェクトなど、グローバルな規模へと拡大している。多くのスタートアップが直面するスケールアップの壁を、加藤氏は「やりたいことを周囲に徹底的に言いふらす」という独自の哲学で突破してきた。計画を公言することで、面白いと感じた支援者やパートナーが自然と集まり、自社にはない知恵やネットワークを補完していく仕組みである。

インド進出においても、この手法で出会った信頼できる現地パートナーとの絆が決定打となった。日本企業が陥りがちなプロセス重視の慎重さを捨て、現地の「チャレンジ重視」のエネルギーと同調することで、わずか2年という驚異的なスピードで量産体制への道筋を付けた。加藤百合子氏の経営は、自社のリソースを囲い込むのではなく、外部の知性をシステマティックに呼び込み、大きな価値へと統合する「知の触媒」としての役割を体現している。

日本の産業OSを書き換えるツールとして

加藤氏は、農業という過酷な現場において、人間の感覚を補完する「フィジカルAI」の可能性についても言及している。それは派手な技術の誇示ではなく、現場で「安定して働き続ける」ための、規律に基づいた技術の社会実装である。やさいバスが提示したのは、単なる物流の効率化というアウトプットではない。それは、分断された社会の信頼を、規律あるシステムによって再構築する「新たな産業OS」のプロトタイプである。

イノベーションは、特別な才能を持つ個人の専売特許ではない。やさいバスのように、共通言語(システム)を持ち、組織の壁を越えて共創を加速させる規律があれば、それは再現可能なものとなる。第1回SIMAでのグランド賞受賞は、その「仕組みの勝利」を証明した。やさいバスという成功モデルが、地方から世界をリードする新たな基準となり、日本全体のイノベーション能力を底上げしていく未来に期待したい。

第1回「SIMA〈グッドイノベーション賞〉」受賞事例インタビュー「やさいバス(株式会社エムスクエア・ラボ)」

日時:2026年7月17日(金) 15:00~16:00
場所:静岡県掛川市駅前4-4 SKしんきんプラザ 1F
会場:やさいバス食堂

インタビュイー:加藤 百合子
株式会社エムスクエア・ラボ 代表取締役

インタビュアー:紺野 登
一般社団法人Japan Innovation Network Chairperson 理事


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